最近、「重要文化的景観に選定された棚田」というキャッチコピーを聞くことがあります。そもそも文化的景観って何でしょう?
文化的景観は、文化財保護法に基づいて国(文部科学大臣)が選定するれっきとした文化財です。近年、伝統的・歴史的な生活や風土に深く結びついた棚田や里山などの景観が、開発によって急速に失われており、その重要性を見直すため2004年に文化財保護法が改正されました。そして「文化的景観」が「地域における人々の生活又は生なりわい業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの」と定義されました。特に重要なものは、都道府県または市町村の申出に基づき重要文化的景観として選定されます。
2006年に重要文化的景観として滋賀県近江八幡市の「近江八幡の水郷」が初めて選ばれ、64件が選定されています(2019年2月)。棚田としては、2008年7月28日に佐賀県唐津市の「蕨野の棚田」と熊本県山都町の「通潤用水と白糸台地の棚田景観」が初めて選定されました。
重要文化的景観に選定された棚田を紹介します。
② 茅野・牧野などの採草・放牧に関する景観地
③ 用材林・防災林などの森林の利用に関する景観地
④ 養殖いかだ・海苔ひびなどの漁ろうに関する景観地
⑤ ため池・水路・港などの水の利用に関する景観地
⑥ 鉱山・採石場・工場群などの採掘・製造に関する景観地
⑦ 道・広場などの流通・往来に関する景観地
⑧ 垣根・屋敷林などの居住に関する景観地
※前項各号に掲げるものが複合した景観地
大原新田 島根県奥出雲町
2014(平成26)年3月選定
中国地方で初めて重要文化的景観として指定された、島根県奥出雲町の「奥出雲たたら製鉄及び棚田の文化的景観」。指定範囲は総面積1563ヘクタール余り。7箇所の景観構成要素のうち5箇所までが棚田を含んでい
る。他の二箇所は大鉄師(たたら経営者)の居宅など。
大鉄師として名の残る櫻井家、絲原家、卜蔵家のうち、絲原家により鉄穴流しの跡地に開かれたのが大原新田。西日本に多い石積みではなく土坡の棚田である。1枚の面積が広く、その整然としたさまは現代の技術で
圃場整備したかと見間違うほど。山一つ隔てた金川水系から、約3キロにわたって山中を這うように用水路が引かれており、当時の測量技術の高さが窺える。
奥出雲はたたら製鉄で栄えた地で、各地に遺構も点在している。地域住民はその歴史に誇りを持ち、耕作維持の努力を続けている。大原新田では昨年度に営農組織を農事組合法人化した。水系単位での広域予算配分も考慮しながら、まずは農業組織としての自立を目指して活動していきたいという。訪問の際は近隣の追谷地区、福頼地区の棚田景観も訪ねてみたい。
春日の棚田 長崎県平戸市
2010(平成22)年3月選定
長崎県平戸市の「平戸島の文化的景観」は、①無形の要素(かくれキリシタン信仰などに関わる文化的伝統や社会システム)を背景とする集落、②棚田や牧野などの生業空間、③原生林や里山などの自然空間、の要素によって構成されている。これらは文献、絵図、布教に訪れた宣教師の報告などにより16世紀頃からその存在を確認することができる。指定範囲は総面積1455ヘクタール余り。②の中で春日の棚田は約450枚、16世紀より前に既にある程度造成されていたと考えられ、海岸から山間部までよく耕作されており、現在も放棄は比較的少ない。谷の上方の棚田の石垣の高さは数メートルにも及び、実に見事。 2018年、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」がユネスコの世界文化遺産に登録。構成資産には春日集落と、信仰の対象としての安満岳が含まれている。
平戸島の西海岸沿いには他にも立派な棚田群がある(獅子町、根獅子町、飯良町など)。いずれも指定範囲に含まれている。
姨捨の棚田 長野県千曲市
2010(平成22)年2月
長野県北部の姨捨山麓に約1500枚からなる棚田が展開している。湧水を利用した耕作が始まった近世初頭には田畑が混在していたが、やがて上流の「大池」から更級川を経由した灌漑用水ができ、畦畔を越えて導水するいわゆる「田越し」の手法や、「ガニセ」と呼ばれる暗渠による排水手法が導入された。こうして稲作が主体となり、棚田は大きく広がった。国指定の名勝で、月見の名所としても知られている。
日根荘大木の農村景観 大阪府泉佐野市
2013(平成23)年10月選定
大阪南部・泉州の平野部から和泉山脈の犬鳴山麓にかけて、中世の荘園に由来する日根荘の農村が広がり、中でも大木地区は樫井川が削った河岸段丘に位置する。荘園だった当時から、限りある水を最大限活かせる
ように用水路や溜池が配置され、多くの史料や絵図に残されているが、それらが現在も生活の中で受け継がれていることが評価されている。
四万十川流域の文化的景観上流域の山村と棚田 高知県梼原町
2009(平成21)年2月選定
高知県北西部、四国の大河川四万十川の上流域にある梼原町は、極めて平地が少なく、石垣で築かれた棚田もほとんどが小さい。源流域であるため水源も乏しく、少ない水を人々が合理的に活用し、助け合いで守ってきた財産である。1995年の第一回全国棚田(千枚田)サミットの開催地であり、神在居の棚田は棚田オーナー制度発祥の地でもある。
その他に重要文化的景観に指定されている棚田(平成31年2月26日官報告示分まで)
奈良県明日香村 | 奥飛鳥の文化的景観 |
和歌山県有田川町 | 蘭島及び三田・清水の農山村景観 |
徳島県上勝町 | 樫原の棚田及び農村景観 |
愛媛県松野町 | 奥内の棚田及び農山村景観 |
福岡県豊前市 | 求菩提の農村景観 |
佐賀県唐津市 | 蕨野の棚田 |
熊本県山都町 | 通潤用水と白糸台地の棚田景観 |
熊本県産山村 | 阿蘇の文化的景観 産山村の農村景観 |
大分県日田市 | 小鹿田焼の里 |
宮崎県日南市 | 酒谷の坂元棚田及び農山村景観 |
◇ 認定NPO法人棚田ネットワーク会報誌「棚田に吹く風」111号(2019年春号)より転載